The Business Support Report 2025年9月1日号
今月の法話は、無門関第47則 兜率三関(とそつさんかん)です。
無門関は、48の公案により構成されています。従って、第47則という事はあと2つの公案で完結となります。しかし、この順序にあまり意味はないようです。今回の話に登場する兜率和尚というのは、黄龍派の禅僧です。実は、栄西禅師が日本に持ち帰ったのは、この黄龍派の禅宗です。建仁寺管長の小森老師もその事を意識されて、兜率和尚の紹介をされていました。現在日本では、建仁寺以外に黄龍派の流れをくむ禅寺はありません。栄西禅師が建仁寺を開山して以降、当時の宋の時代に、南宋から蘭渓道隆禅師をはじめとする楊儀派の禅僧が日本に大挙として押し寄せて、当時の鎌倉時代の武士の間に普及した歴史があります。蘭渓道隆禅師は、鎌倉五山第一の建長寺を開山しました。創建当初の建長寺は、中国語が飛びかう異国的な空間でした。当時の建長寺の住持はほとんどが中国人であり、円覚寺開山の無学祖元はじめ、おもだった渡来僧は、まず建長寺に入って住持となるのが慣例となっていました。建仁寺においても、第11世住職として、建仁寺を純粋禅の寺院として作り変えました。その時に住持したのが、現在の建仁寺塔頭西来院です。
公案に戻りますが、三関というのは、三つの関所を意味します。兜率従悦和尚は三つの設問を設けて修行僧に問題を出しました。修業はただ見性するために行う。さて今ここで皆の自性、本性は何処にあるか。これが第一問。次が、もし自性が判れば生死から解脱することができる。死に際の際にどのように生死を脱するか。そして最後に、生死から解脱することが出来れば、死後どこに行くかが判る。この心身がばらばらになった時、どこに行ってしまうのであろうか。これが兜率の三関です。他宗から禅宗に移った僧の多くが、その師匠の死に際の狼狽ぶりに落胆した事が契機になっているようです。如何に死に際で関門を超えるのか、そろそろ考える年になりました。
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